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大阪高等裁判所 昭和45年(行ス)10号 決定

相手方 許景宇

抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 北谷健一 外三名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨およびその理由は別紙記載のとおりである。

当裁判所も原審と同様に相手方の執行停止申立てを理由があるものと認めるのであつて、その理由は、つぎのとおり付加するほか、原決定の説示するとおりであるから、これを引用する。

なるほど〈証拠省略〉によると、相手方の仮放免期間は延長されて、その期限は昭和四五年一二月二四日正午までとされていることが認められる。しかし、本案訴訟の確定までにはなお相当の日時を要するものと考えられるところ、その間に仮放免の期間が満了し収容されることは容易に推測される。

相手方は、婦人服卸売業の経営者であるから、同人が収容された場合右営業上重大な支障を来たし、家庭生活の破壊を招くおそれが充分に考えられる。このことは〈証拠省略〉によると相手方が昭和四五年一〇月一五日から五日間収容されたことにより右営業の売上は減少し、支払にも支障を来たし信用上も大きな打撃を受けたことが認められることによつて裏づけされる。したがつて、収容によつて相手方が回復の困難な損害を被るおそれがあるというべきである。

なお抗告人は、少なくとも収容処分の執行はこれを停止すべきではないと主張する。もとより抗告人の勝訴の場合に備えて相手方の身柄を確保する必要はあるであろうし、又収容処分を執行しても終始相手方を拘禁するとは限らず、抗告人において仮放免などの措置を実施することはできるであろう。しかし、収容処分は、不法入国者を国外に送還するまでの間に逃亡を防止し、その身柄を確保するための附随的暫定的処分である。前認定のとおり、相手方は、昭和三九年五月全清子と結婚し、その間に生れた二人の女子と共に円満に生活して来ており、その生活は婦人服卸売業による収入によつて一応安定しており、交通違反で二回罰金刑を受けたほか犯罪を犯したこともなく、真面目で同業者間の評判も悪くないのであるから、これらの事情に照らすと、相手方が逃亡するおそれは絶無とはいえないとしても、極めて少ないものと考えられる。したがつて、本件においては収容処分の執行をも停止する必要があるというべきである。

収容処分の執行停止により、抗告人が相手方に対し退去強制令書あるいは同令書に基づく仮放免許可による規制をすることができなくなることは、停止に伴う当然の結果である。抗告人は、そのために、相手方が正規に在留する外国人よりも事実上優遇される結果になるとか、外国人に対する管理権を完全に停止させることになり、ひいては公共の福祉に重大な影響があると主張するが、右主張は抗告人の本件処分が適法であつて本案が明らかに理由がないことを前提とするものであつて、右前提は当裁判所の採用しないところであるから、右主張は採用できない。

以上の次第で、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡野幸之助 宮本勝美 大西勝也)

別紙

抗告申立の趣旨

第一次的趣旨

原決定を取消す。

相手方がなした執行停止の申立は却下する。

との決定を求める。

第二次的趣旨

原決定を次のとおり変更する。

抗告人が昭和四五年一〇月一五日相手方に対してなした退去強制令書に基づく執行は、その送還の部分にかぎり大阪地方裁判所昭和四五年(行ウ)第一一四号退去強制令書発付処分取消請求事件の判決が確定するまでこれを停止する。

本件執行停止申立のその他の部分は却下する。

との決定を求める。

抗告申立の理由

一、原決定は、本件の本案について、「本件は法務大臣において在留を特別に許可できる事情に当らないことの明らかな場合とはにわかに論断し難いのみならず、申立人は現に昭和三四年以降昭和四四年四月二〇日までは在留につき特別許可を得てきたものであり、その後特段の事情の変化も疎明されないところであるから、申立人の異議申出を理由がないと裁決し、申立人に対し在留特別許可を与えなかつたことについて法務大臣において裁量の範囲を越え、又はその濫用がなかつたことが明らかであるとは速断できないところであつて、本件は行政事件訴訟法第二五条第三項にいう本案について理由がないとみえるときには当らない。」と説示する。

しかし、法務大臣の在留特別許可処分は自由裁量行為であり、(最判昭和三四年一一月一〇日民集一三巻一二号一四九三頁参照)その許可は、本来有する権利の制限を解除するものではなく、新たに権利を付与する恩恵的措置であること、更に外国人の国内在留は国内外の文化、経済、政治上等に影響するというその性質上、その許否の裁量権の範囲は無制限といつても過言ではない。

このことは原審における意見書で抗告人が引用した東京高裁昭和三二年一〇月三一日判決の理由「いやしくも法務大臣がその責任において在留を特別に許可すべきでないと判定したときは、その判定を尊重すべきであつて、特に五〇条所定の容疑者は本来強制退去を命ぜられてもいたしかたないのであり、その者の在留の特別の許可はいわば恩恵的措置であつて、その者の権利でないことに思いをいたすときは、いたずらに法務大臣のこれに関する裁量の当否を論ずることは行政権に対する不当の干渉となるべく、裁判所のなしあたわざるところである。しかして本件において仮に被控訴人らにその主張のような事情があるとしても、法務大臣が被控訴人らに対し特別に在留を許可しなかつたことをもつて許された自由裁量の限界を越えたものであり、又は自由裁量の濫用であるとなすことはできない。」から見ても明らかである。

さらに現在まで裁判所において右裁量権の行使が濫用にわたるとされた事例は存しないのである。

相手方が令二四条四条(ロ)に該当することは明白であり、前述のとおり法務大臣の在留特別許可をしない処分に裁量権の濫用ありといえないことも明白であるから、本件は「本案の理由がないとき」に当るものである。

二 抗告人が予備的に収容部分についての停止申立の却下を求めたのに対して、原審決定は、「申立人は現在仮放免中であるが、その期間が昭和四五年一一月二〇日限り満了し、その際再収容されるおそれがあるから収容部分についてもその執行を停止する必要性がある」と説示する。

しかし抗告人が原審における意見書第三の(三)において述べたとおり原審決定日前に相手方の仮放免期間は延長されてその期限は昭和四五年一二月二四日までであつて、同日以降もこの仮放免期間は延長されるものと推測される。

また、同意見書第三の(四)で述べたとおり相手方は出入国管理令を遵守しようという気持があるか否かは疑わしく、仮に本案判決において抗告人が勝訴してもその執行の確保には疑問がある。

したがつてとりあえずは送還部分の執行を停止するのみで十分であり、仮放免が取消された時ないしは仮放免の許可条件を遵守さすことが、相手方にとつて特に酷である等の場合には再度相手方において収容部分の執行停止を求めればたりるのであるから、少なくとも相手方において収容部分の執行停止を求める緊急の必要性はないといわねばならない。

抗告人が収容部分についての停止申立の却下を求めたのに対して判断を省略して収容部分についての停止を認められた。

しかし、抗告人が原審において提出した意見書第三項(一)に述べたとおり退去強制令書の執行が送還部分とに二分されるものであることから送還部分の執行停止が認められるからといつて直ちに収容部分の執行停止をも認めるべきであると解することはできない。

殊に重要なのは、本件では送還部分の執行が違法であるかどうかさえ未確定の状態にあるのであつて、このような場合に送還部分のみの停止事由をもつて収容部分の継続が許されないと解することはできない。収容部分について停止するにはそれ自体が執行停止の要件を充たすものであることの具体的理由が必要なのであつて、原決定では理由が不充分であるといわなければならない。

三、収容部分についても執行停止をすることは公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

相手方は、抗告人が原審に提出した意見書第二、一(1) に述べたように不法入国者として本来退去強制手続をとられてもやむなきものであるところ、特別の配慮をもつて在留特別許可を与えられた者であり、抗告人はかくすることにより同人に対し出入国管理令に基づく厳正かつ妥当な管理規制を行なつてきた。しかしこのような管理規制は、我が国の出入国管理の基本方針として貫かれてきたところである。そしてこの管理規制は、特別在留許可の期間を定め、その間その対象者の動静を知り、かつ期間更新の都度これを規制できる方法をもつて運用実施されてきたのである。

しかるに原決定に従えば、相手方は在留資格および在留期間もなく、また退去強制令書あるいは同令書に基づく仮放免許可(出頭義務、指定居住地その他の条件を付することができる-管理令第五四条第二項)による規制をも受けることなく全くの放任状態におかれるに等しいこととなる。そのためかりに出入国管理規制の運用上何らかの規制を必要とする事態が発生したとしても、何らの規制ないし是正の措置も講じえないこととなる。

しかも原決定の執行は、相手方が事実上善良に正規に在留する外国人よりも優遇される結果となり、ひいては国家が自国内に居住する外国人に対して持つ管理権を完全に停止させることとなるのみならず、在留資格と在留期間を定めて出入国管理の適正を期せんとした出入国管理令の本質に反するものといわなければならない。

以上の点からしても原決定は送還部分のみの停止に変更されるべきものと考える。

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